夏のイマジナリー・ドーター

朝からパソコンを起動し、radikoを流しっぱなしにしながら作業をする。だいたい選ぶのは音楽メインの在阪FM局。そんな中、先日この曲が耳に飛び込んできた。

 

夏の決心

夏の決心

  • 大江 千里
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

 夏の決心。平成1桁生まれであればイントロで懐かしさのあまり叫びだすであろう。朝の8時台に放送していたポンキッキーズから生まれた名曲である。世代直撃の私も当然手を止めて聴き入ってしまった。番組のエンディングでコンサートの模様が流れ、大江千里ガチャピンとムック、ラインダンスの女の子とともに会場を盛り上げる、という光景もフラッシュバックする。幼少のえだは大江千里をひょうきんな歌のお兄さんと思っていた。

 

 

リアルタイムで聴いていた頃はまだ小学校にあがる前だったが、大好きな「君」と一緒に夏休みを楽しみたい「僕」のラブソングという大まかな曲のテーマは理解できた。ただひとつ読み解けなかったのが”人が沢山 集まるところやめよう”というフレーズ。

 

子どもにとって人混みなんて関係なく、お祭りやプールにはどんどん行きたい。ポンキッキーズの歌のお兄さんは変わったことを歌うんだな、といった認識だ。しかし大きくなった今となれば「僕」が抱える感情にも気付ける。

 

もうすぐ花火大会、同じクラスの気になるあの子もとても楽しみにしているようだ。1年ぶりに浴衣が着れるねって。一緒に行こうよって言いたいな。けど花火が一番よく見える港に行ったら、絶対クラスメイトと鉢合わせする。人がいなくて、花火がきれいに見える場所なんてあるかな。兄ちゃんに聞いてみようか。それよりも別の日に、手持ち花火を持っていって遊ぼうって言おうかな――。この1行には恋をして初めて知った迷いが込められている。代弁してくれてありがとう、ひょうきんなメガネのお兄さん。

なお改めて言うまでもないですが、蘇ってきたのは存在しない夏の思い出です。

 

 

 ともあれ、ひとしきりノスタルジーに浸ったのち、すぐさまApple Musicで「夏の決心」を検索した。ちゃんとオリジナルバージョンに行き着いたので即ライブラリに追加する。折しも最高気温が30度を超える日が続いており、気持ちを上げるためにベタな夏ソングをもっと聴きたくなった。Appleが提案していた王道夏ソングのプレイリストからさらに数曲拝借し、自分好みの夏曲と組み合わせて俺の最強夏プレイリストを作りあげる。内に秘めた浮かれパーティーピーポー力(ぢから)が刺激される曲から夏らしいドラマ主題歌、夕暮れに似合うチルアウト系ソングまで様々なジャンルの精鋭が集まった。「夏の決心」はエモーショナルの総大将として堂々のラストに配置。後日出かける機会があり、移動中のBGMとして再生した。

 

全曲に感想を記しておきたいところだが、脱線に脱線を重ねるので割愛する。約20曲もの夏の名曲を経て、満を持して流れる「夏の決心」。存在感は全く薄れない。イントロのギターを待つまでもなく、出だしの「ワンツースリー」というカウントで心を掴まれる。そして例の”人が沢山 集まるところやめよう”のくだりへと差し掛かった。すると突然、今までの定説を覆すイメージが降ってくる。

 

 

 

 「これ、家でぐうたらしてるお父さんの一言みたいだな…」

 

 

 

刹那、目頭は熱くなり、鼻の奥がつんとする。

びっくりした。本気で泣いている。電車の中なのに。なんでだよ。

 

それは私がこの”新説”に気づいた瞬間から、「一人娘がいるお父さん」として「夏の決心」を聴きはじめたからである。子供もいなけりゃ、どう転んでも父親にはなれないのに。なんでなんだよ。

 

 

慎ましくも幸せに妻・娘と暮らす「僕」。小学校に進学してはじめての夏休みを迎えた「君」。君は最近オープンした流れるプールに行ってみたいと目を輝かせながら言う。期待にはできるだけ沿いたいところだが、渋滞や人混みを考えると正直気が滅入る。いや、言い訳にして、娘の世話を母親に任せっきりにするのはもう辞めよう。親と一緒にいるより友達同士、果ては恋人と遊びたいと言い出す日は思ってるよりすぐに来る。プールにも行こう。バーベキューもいいな。楽しんでくれるだろうか。遊ぶだけじゃなく宿題を放り出してたらちゃんと叱ってやらないとな。そういえば今年の夏祭り、何日だっけか。有給申請してみるか。ああ、考え出すときりがない。そうか、「夏休みはやっぱり短い」んだ………。

 

 

大江千里 夏の決心 歌詞 - 歌ネット

歌詞をちゃんと見ると正しい表記は「ぼく」「きみ」とひらがなだし、他の登場人物はいないし、はじめに想像した通り初恋を歌っているのだろう。しかし、私のもとにやってきたイマジナリー長女の存在はもう消すことができない。

 

ラスサビ前の”誰も知らない場所 誰も知らない夢 近くにある そう教えてくれた”って所で、スターマインを背にして「みんなで花火見れてよかったね」と微笑んでる娘が自然と浮かんでくるんですよね。可能性に満ちたこの子の未来を全力で応援できる、ぼくらの1番の幸せだなぁ…なんて。お盆明けの仕事はキツいですけど、娘の笑顔を胸に、何だって乗り越えられますよ――――――

 

 

 

電車を降り、最寄り駅のベンチに座った。目に涙は溜まったままで、マスクの下で鼻水まで出てきた。この時世でなければ駅員さんにいたく心配される顔だったはずだ。存在しない一児のパパの人格を連れたまま帰宅はできない。俺の最強夏プレイリストから、浮かれパリピ側ソング代表、RIP SLYMEの「楽園ベイベー」を再生する。1サビ前の歌詞は、”なぜか多い6月のベイビー”。

 

 

 

そしてまたしても突然気付く。

 

 

 

「夏が待ちきれなくて梅雨時から浮かれているなんて気の早いヤツらだな~愛おしいな~って解釈で長年聴いてたけど、そういう意味じゃないな、これ…」